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新しい朝が来た

その日暮らしなワタクシのこと
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夫が酒に溺れる道程

某掲示板に投稿したものの再掲です。読みやすくするためにある程度時系列に沿うように編集しなおしてあります。
アラノン、アルコール依存症本人のための自助G「アルコホーリクス・アノニマス(AA)」については左カラムのリンクを参照して下さい。

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うちの旦那は最初はビール党だった。
それでその頃既にアル依存傾向が出ていて、いつも大量に飲むものだから尿酸値が高くなって黄色信号が出てビールを禁止された。
「焼酎やウィスキーなどの蒸留酒なら良いですよ」
と医者に言われて。
医者の言うことを守ったよ、律儀な旦那は(苦笑)。
スピリッツ720mlを二日で一本の割合でこなしたよ。
二週間に一度の瓶の回収日にはきっちり7本ずつ資源ゴミになった。
私も夫の酒量が気になりだし、瓶にマジックで印を付けたり、料理用に使っていた日本酒を勝手に飲まれてしまったりしたので、塩分が添加されている調理酒に変えたりした。後から夫に聞くとそれにも手を出していたこともあったらしい。

そして今度は糖尿で医者のチェックが入った。
禁酒したよ。3ヶ月くらいかなぁ。血糖を下げる薬も飲んだから、私は低血糖が心配で、いつもすごく食事に神経を使った。

ある日、バタバタと二階からリビングに駆け下りてきたかと思うと部屋の真ん中に大量に嘔吐した。そのままバッタリと倒れ込んで息が荒かった。
私は低血糖が起きたのかと思って必死に揺すり起こした。
そしたら酒臭かった。ものすごく。家にあった酒を一気に飲みまくったらしい。

私は「医者の言うことも聞けないのか」って滅茶苦茶怒って実家に帰った。

その頃からだった。後は坂道をゆるゆると落ちていった感じ。

それから一年ぐらい経って、連続飲酒発作で一週間会社を休んだ。
その頃アル症の知識もろくにない私はとにかく精神科に連れて行った。
診断は「抑鬱状態」だった。
しばらくは医者の言うことを聞いて酒もやめて鬱の薬を飲んでた。
だけどすぐに我慢できなくなって メンヘル薬と酒を一緒に飲んでふらふらになっていった。
半年後結局会社に行けなくなって休職した。
また飲み始めた。もう止まらなかったよ。会社も休んでるから歯止めが利かなかった。
私はあのときの医者は誤診だったと今でも思ってる。でもそこはアル専病院じゃないから今思えば仕方がなかったかとも思う。

会社を休みだしてから、ちゃんとアル専にかかりなおして、「アルコール依存症」の診断をもらうのにまるまる2年近くかかってしまった。すごい遠回りになってしまった。
私もぼろぼろ。子供達もぼろぼろ。勿論旦那はもっとぼろぼろ。最後は血糖値598までいった。
多分飲み続けてたら今頃死んでたと思う。糖尿か、鬱で自殺か、飲酒運転で事故か。
アル症の診断をもらってから酒をやめる気になるまでに一月近くかかった。

旦那がビールから蒸留酒に切り替えてからアル症と診断されるまでに5年くらいかかった。
5年は長い。こっちも、だんだんひどくなる旦那の状態に引きずり回されて知らない間にどん底に落ちていくのに、自分じゃ気が付かないんだよね。
最後は家庭崩壊寸前だったよ。

何度注意したか分からないよ。
「飲み過ぎだからそろそろやめたら?」
「今日は車だからお酒はやめようね」
「朝から飲まないで」
「そんなに飲んだら病気になっちゃうよ」
医者にも言われたよね
「ビールを飲み過ぎると通風になるから焼酎なら良いですよ」
「寝酒ぐらいなら飲んでも大丈夫です」
「お酒は暫く控えましょう」
「精神安定剤とお酒は一緒に飲んではいけません」

まあ、あたしなんかは殴ったこともあったし、実家に帰って反省を促したこともあったし
「もう二度とお酒は飲みません」という念書を書かせたりもした。

「ほどほど」でやめられるようならそもそも注意を促す必要もない
そんな人は依存症じゃないからね。

そう、結果論なんですよ。依存症は。
酒を飲み続けた結果が依存症です。
そしてどの時点で依存症を発症するのかはきっと専門医にも診断は難しいでしょうね。

依存症になる前に止められるものなら止めてもらいたかったですよマジで。

確かに最初は心配だったんです。
飲み過ぎの人に注意するのは当たり前ですよね、心配だから。
でも、依存症がひどくなるにつれて、
注意する方もどんどんエスカレートしていってしまいました。
最後は旦那が死ぬか、私が死ぬか、ってところまでいってしまいました。

私自身に依存症の病識が全くなかったのです。

だから、専門医に相談に行った後はそう言うことは全部やめました。

飲む方が底をつかないと断酒に踏み切れないように
一緒に住んでた私の方も、自殺したくなるまでどん底に落ちないとアル症の恐ろしさを実感できなかったのでした。

勝手に死んでくれ、状態だったな、うちも。
垂れ流しの後始末も全部自分でやらせました。
ふらふらになって、それでも自分でやってました。
だからろくな後始末になってないので、うちのカーペットには今だにシミが残ってます。
食事を作る以外はとにかくほったらかしでした。
というか、夫は糖尿病のくせに酒ばかりでろくな食事も取ってなかったのでメシも作らなくて済んだ、と言うか。
寝室はゴミの山でした。垂れ流したまま、服だけ脱いで真っ裸で寝てました。

「お前のせいで」
と何回言われたか分からない。
でも、夫のために頑張るのをやめたので
へべれけの夫に子守を頼んで私自身友人と飲み会に出かけたりもしました。
自分がアル中だと言うことを否認している真っ最中にでも
「あなたはどうだか知らないけど、私はあなたがアルコール依存症だと思っているのでアラノンに行きます」
と言ってアラノンにも通いました。
鼻で笑ってました。

大人の寝小便の始末をするなんて、ぼけ老人でもあるまいに
怒りまくりながらやっていたのをやめたらホントに楽になりました。
飲んじゃ垂れ流して裸で寝、の夫を完全に隔離状態にして
私と子供達だけで母子家庭を営んでいるようなものでした。

以前はずっと後始末してやってた(ひどい垂れ流しだったから)
でも結局私の方が先に駄目になってアル症専門の精神科に行ったよ。
そしたら後始末はいけないって事が分かって、それからは全部やらせた。
酔いつぶれて寝て、何時間か経てば多少はアルコールが抜けてきて聞く耳を持つようになったから、起きてきたところで
「こことここはあなたが粗相したところだから綺麗にしておいてね」
と言ったら、黙々と拭いたり洗濯したりしてたよ。
洗濯の途中でまた飲んで寝てしまったりしたけど、絶対に手は出さなかった。
他の家族の分の洗濯はコインランドリーに行って洗ったりした。
布団も干してる途中で寝てたりすると夜になったりしたけど絶対に取り込んでやらなかった。
自分でひんやりした布団を取り込んでたみたい。

私も文句ぶーぶー言いながら、いやいや後始末することにほとほと疲れていたのでそれを全部やらせることに決めたら私自身すごく気が楽になった。

赤ちゃんじゃないんだから、大人の人間なんだから自分の後始末は自分でできて当たり前。
それができないと言うことは、「病気」なんだと言うことだ。

後始末を全部やらせて、
大人の人間として扱いだしたらひと月ほどで音を上げて
「病院につれてってくれ」
って言い出した。
「酒なんかいつでもやめられるって思ってたけど、やめられない自分に気付いて愕然とした」
って言ってたよ。

うちの旦那は何とか酒をやめて、今はAAに通っています。
私もアラノンに行っています。

ビールが危ないから焼酎に変えればいい、と言った内科医のことも結構恨んでいますが、医師としては優秀なので私もかかっています。
医者も、精神科医でさえアル症の病識がないから振り回される家族はたまったモンじゃないですよね。

アルコール依存症の恐ろしさをもっとみんな知った方が良いです。
ホントにそう思います。

社会生活をしていて、お酒を飲み始めたら止まらない状況ではまともには暮らせないと思いますよ。大金持ちで何もしなくても生きていける人なら別かもしれませんが。
会社にも行けない、家族も養えない。そこら中で垂れ流し、吐く。
実際、「一人でおとなしく飲む」というのはうちの旦那に限っては無理でしたね。うちは暴れない旦那だったけど、それでも最悪だったです。

つまり、理性のある飲み方、酔い方というのが、アル症にはできないと言うことです。
「ほどほど」ができる人は、どんなに大酒飲みでも依存症ではありません。

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文体に統一性がないのは異なるときに投稿したものを全部ひとまとめにしたからであることをお断りしておきます。
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