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新しい朝が来た

その日暮らしなワタクシのこと
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飲酒運転者=アル症者?

家族の立場から意見を述べさせて頂きます。
私の夫も飲酒運転常習者でした。
私は夫が車でで出かけるたびに心配でした。たまに夫の車を見ると、中に空のワンカップ焼酎の空き瓶がごろごろしていて、このままでは夫が事故死するか、誰かをひき殺すか、時間の問題なのではないかと恐れていました。
アルコール依存症者にモラルが欠如していると言うことではありません。
モラルや法律を超えてアルコールを求めてしまうのがアル症者です。

飲酒運転者が重大な事故を起こし、取り返しのつかない不幸を引き起こす危険性は断固排除しなければなりません。
これは当然の事ながらアル症者であろうとなかろうと当然のことと考えます。
飲酒運転者を厳しく取り締まる法律は必要です。
しかし、法外な罰金を取られても、免許を取り上げられても何度も検挙される人が後を絶たず、その背景にアルコール依存症の問題があると考えられるのであれば、危機管理という面からも行われなければならない事があると思います。
繰り返される不幸を未然に防がなければなりません。何か起きてからでは遅いのです。
以下はアメリカの例です。
アメリカでは飲酒運転で検挙された人は、たとえ初犯でもアルコール依存症の検査を受けることが義務づけられているそうです。
これは、アル症者=飲酒運転者と決めつけているのではなく、しかしその可能性が全くないとは言い切れない以上、もしアル症者を早期に発見でき、治療につなげることができるのならば、今後飲酒運転常習により引き起こされるさらなる不幸を防ぐことができる、と言う考えに基づいて行われていることです。

同じ事が日本では実現できないのでしょうか。
アル症者がアルコールを求める事に手段を選ばず、モラルも法律も社会的立場も考慮することができなくなるのは病気の症状です。
アルコール依存症が否認の病気である以上、そうであることを認めないまま飲酒運転を常習しているアル症患者(或いはその予備軍)に、また社会全体に、アルコール依存症の病識を正しく持ってもらい、早期に適切な治療に結びつけることが必要であると私は考えます。

患者だけ、家族だけに飲酒運転によって引き起こされる事故の責任を押しつけるのではなく(アルコールは国税も絡んでいる、ある意味国家的事業によって流通しているものですから)社会全体でこの問題に取り組む必要があると考えます。
アルコール依存症 | permalink | comments(2) | trackbacks(0) | - | -

この記事に対するコメント

あなたの夫が運転する飲酒運転の車に引かれそうになりました。かろうじて、よけたときに体を打って、痛かったなあ。本来、土下座して謝るべきでしょう?犯罪者なんだから。
それを、社会全体でなんとかしろって言い出だされても、私はアルコール依存症の人にお金を出す気はありません。引かれそうになったんですよ?フラフラ運転する飲酒運転の車に引かれそうになった上に、今度は金を払わす気?
アルコール依存症を減らす最良の方法は、批判し、差別することだと思います。早期治療なんかより、再発率がいかに高く、治療がいかに困難かも、宣伝してもらいたいですね。
ノンアルコール | 2007/09/04 10:53 PM
管理者の承認待ちコメントです。
- | 2014/05/09 12:52 PM
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