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その日暮らしなワタクシのこと
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治らないと運転しちゃ駄目

勉強不足の朝日社説 アルコール依存症への偏見と差別意識

JANJANが批判している朝日新聞の社説はこちらである。

朝日新聞の意見はもっともである。
私も、2006年12月5日のエントリーで、飲酒運転についての一考察を書いた。
しかし、朝日新聞には決定的に間違っている部分があるのだ。
それが、「アルコール依存症ならば完治しなければ運転させないような厳格な制度にした方がいい」という部分である。
JANJANの記事にもあるとおり、そして、私が専門医や自助G、専門書などで学んだとおりアルコール依存症は完治しない病気なのである。

朝日新聞の社説が、「完治を前提とした厳罰」を訴えている限り、「偏見と差別があるのでは」という批判は免れ得ない。
アルコール依存症について良く言われることは、「たくあんは大根に戻ることはできない」という例えである。
アルコール依存症とは、一旦罹患してしまえば、不治の、進行性の、死に至る病なのである。

だからこそ、アルコール依存症について、もっとよく知り、依存症者への社会の理解が必須なのである。
アル症者を閉じこめ、隔離し、社会から抹殺することは可能だろうか?日本では400万人の罹患者がいると言われている。私の夫もその一人である。一方で国税の重要な収入源の一端を担う、巨大な産業である酒造会社を抱えている国がである。

飲酒運転に対する厳罰化と、飲酒運転の検挙者への酒害教育は、不幸な事故を一件でも減らすためには必須であると私は考える。
この国のアルコール依存症に対する意見が朝日新聞の社説に代表されるものであるというのならば、酒害者の家族として、誠に残念であるとしか言いようがない。
アルコール依存症 | permalink | comments(1) | trackbacks(0) | - | -

この記事に対するコメント

完治するかどうかが問題ではありません。完治しないのであれば、運転免許を剥奪することは当然でしょう。この社説は正しいと思います。視力検査でひっかかれば、運転免許は取れません。これは差別ではないと思います。それと同じこと。

少なくとも、私は、理由のいかんに関わらず、アルコール依存症患者は、自分で好き好んでお酒を飲み続けて病気になったクズ。誰でもなるなんて言う人がいますが、お酒を飲まない人、飲めない人はアルコール依存症にはなりませんよ。そもそも、家族がどうして飲ませるのか、理解できません。完治するとか、しないとか、言葉じりをとって揚げ足を取るのだから、アルコール依存症になるのだと思います。夫に、飲酒運転させていたんだろ?家族にも責任があるでしょ?

差別や偏見とか言っているけれど、それが起こるだけの理由があるわけです。悪い事を悪いと批判すると、差別だと言い出すなんて、呆れるばかりです。

地震などの災害と違って、本人に責任がないことでも、お互いに助け合うべき事柄ではありません。関係のない他人の財布から、夫の治療費を払わせようとするのをやめてもらえませんか?
ノンアルコール | 2007/09/04 10:35 PM
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