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新しい朝が来た

その日暮らしなワタクシのこと
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今更聖火リレー

四川大地震に被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。





さて、過日行われた北京五輪の長野市で行われた聖火リレーのことについて今更ですが少々。
チベットを取り巻く問題の歴史的背景等についてはネットや書籍などで見ることができるので、ここでは割愛します。
リレーの出発地点に決まっていた善光寺は「参拝者を規制することとチベットにおける中国政府による弾圧に抗議して」それを辞退しました。そしてリレー当日、チベット争乱(中国政府の弾圧に抗議するデモ活動であったと私は理解していますが)で亡くなったチベット、中国双方の犠牲者を悼む法要を行いました。
私が感銘を受けたのは、この動画にあるように、チベットの人達に善光寺の僧侶が
「いろんな目に遭いますと、悔しい気持ちとか、憎む気持ちとかで、心が変わってしまって、濁ってしまって、顔が変わってしまって、願いも変わってしまいます」
と語りかけていたところです。
チベット人がそうならずに、清らかな優しい心を持ち続けていくことは並大抵のことではない、と僧侶は語りました。


私自身を振り返って、私はどうだっただろうか。苦しい毎日が続いていた時、私自身は悔しさや憎しみで変心し、きっと顔も恐ろしい形相であったのではないだろうか。恐ろしい願望を抱いていたのではなかっただろうか、と数年前の事を思い返しました。


善光寺の山門の外では、その日、ここは本当に日本なのか、と思うばかりのすさまじい光景が繰り広げられていました。あの混乱が、もし、善光寺が聖火リレーのスタート地点を辞退せずに、あの、苔むした静かな境内で行われていたらと思うと……。善光寺は本当に良い選択をしたと思います。
私は、外つ国で苦しむ人に手を差し伸べ、何とか助けてあげたい、との思いであの日長野市に集まった優しい日本人達のことをいつまでも忘れません。
10年前、長野市では冬季オリンピックが開かれ、日本国中を聖火が巡りました。当時の風景も資料映像で見ましたが、沿道には多くの人が詰めかけ、ランナー達はにこやかにその声援に応え、そして勿論、機動隊の物々しい警備もない聖火リレーでした。
映画「東京オリンピック」の冒頭、聖火が日本中を巡る様子も見ました。他に見る人もないような田舎の狭い路地をランナーが独り、トーチを手に走る光景には驚かされました。
今回の聖火リレーはあまりにも異様です。

五輪の意味、聖火の意味を世界の人達に問いかける今回の北京五輪です。

まずは大地震からの一刻も早い復興を心よりお祈り申し上げます。
そして、世界中の多くの人達が、鍛え上げられた肉体の祭典に心より拍手喝采を送ることができるような五輪であり、中国であることを祈っています。
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